HOMAGE オマージュ・植田正治に捧ぐ
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3人のインタビュー満載! 「HOMAGE展」記者発表会 詳細レビュー
いよいよ本番を迎えたHOMAGE展。前日となる7/15、会場となる「植田正治写真美術館」では、そちらに先駆け関係者による共同記者会見が行われました。インタビューや特別プログラムなどその内容を詳しくご紹介します。

kishakaiken
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内覧会

2005716日から始まる植田正治写真美術館の開館10周年を記念する写真展、「HOMAGE-オマージュ・植田正治に捧ぐ- 福山雅治・菊池武夫・堀内誠一」。

その前日となる
715日(金)、メディア関係者による内覧会の後を受け、今回の写真展のタイトルにも名を連ねている福山雅治さん、菊池武夫さん、故・堀内誠一さんと特に親交が深かった石川次郎さんが登場。世界に誇る植田先生の作品の魅力と人柄、数々のエピソードなど植田先生に対する熱い気持ちと、オマージュ展に対する思いのほどをストレートに語ってくれました。




「福山雅治と植田先生との写真展も今回で3回目。植田正治写真美術館の10周年を記念し、植田先生の地元を盛り上げるためにと開催を決意しました。今回のオマージュ展は植田先生および、そのご子息でプロデューサーでもある植田充氏に対する“オマージュ”の意。これまでにない企画にしたい、そんな思いから、著名な3名のコラボによる写真展を実現することにしました」という、今回のプロデューサー・グーフィ森さんからの主旨説明の後、いよいよ3人の登場。歓声とカメラのシャッター音が鳴り響く中、カメラマン、記者の方々が取り囲むメイン席へとつかれました。

そして司会による簡単な説明の後、いよいよ質疑応答がスタート。挙手による指名で、記者数名が様々な質問を3人に向け投げかけました。

以下、そのインタビュー内容を詳しくご紹介します。



sannin
sannin


― 今回のオマージュ展に向けての思い、また植田先生との思い出をお話下さい。 ― 

石川次郎さん(以下:石): 17歳の時からお亡くなりになるまで生涯写真を撮り続けたこともすごいことですが、晩年になりこちらの福山君と出会い新たな世界を創ったということが素晴らしい。先生が撮った福山君の写真は普段とは違う、本人も驚くような表情が印象的。植田先生、福山君、菊池さん今こうして仕事ができていることは雑誌の編集に携わる者として非常に誇りに思っています」
菊池武夫さん(以下:菊): 「植田先生とは
1983年、(プロデューサーで植田先生の息子さんの)充さんを通じて知り合いました。初めての撮影の時、残念ながら撮影に立ち会うことはできませんでしたが、新鮮な作品の仕上がりに驚き。それは、植田先生の作品が一過性のものが当たり前だったファッション業界で一過性ではない、ものすごく新鮮なものだったからです」

福山雅治さん(以下:福): 「まずは本日、私たちのため、お集まりいただいたことにお礼申しあげます。これだけのメディアが揃って、いったいどこにこの映像や写真が使われるのか非常に不思議ですが(笑)・・・
植田正治写真美術館は開館
10年、自分がデビューして今年で15年。区切りの年と感じ、何かできないか考えていたところでの今回のお話だったため、この企画に僕自身は即決。植田先生とも出会って10年余りだし、いい記念になるのでは、と。また植田先生の元、菊池さんなどとても多くの方と知り合えたことも非常にうれしく思っています」



石川次郎さん

― オマージュ展を観て、植田先生への今の思いは? ― 


福: 「
1994年に、初めてCDジャケットの撮影をしてもらって以来、何度かセッションをさせていただきました。とにかく毎回新しいテーマを作って仕事をされるので、できあがりはいつも新しいものばかり。それらを観ることは僕にとっても本当に貴重な経験でした」

菊: 「植田先生と初めて仕事をしようとしていた1983年の前、先生は奥様を亡くされていました。後から知ったことなんですが、それ以来しばらく「人」は撮らなかったそうです。その後、充さんの説得もあって一緒にお仕事をさせていただくことになったんですが、その時の先生は、モデルを1つのオブジェとして捉えていらっしゃいました。そんな一作品でもある旗を振っている写真は、きっと天国の奥さんへのメッセージだったんでしょうね。先生の写真にはそうした「愛」を強く感じます」

石: 「植田先生の作品は、17歳の時に撮った写真と亡くなる前に撮影された写真、すべて繋がっています。とにかく一貫して美意識が変わっておらず、生涯同じ質で写真を撮り続けられることが非常に重要で、素晴らしいことだと思います」




fukuyama
fukuyama
― 先生の地元でもある大山。3人にとっての大山の印象はどのようなものでしょうか? ―

福: 「個人的には、バイクで何度もツーリングに来るほどこの大山の道、景色が気に入っています。爽やかな風を受け、緩やかなカーブを通過する時が本当に気持ちいい。後、大山ではありませんが、「大根島」(※島根県松江市八束町)の風景も大好きですね。ドライブにピッタリ。ぜひみなさんも行ってみてください」

石: 「山、温泉、港、そして何より植田正治写真美術館がある。このロケーションが実にいい。ため息が出るほど。ぜひここで福山君にコンサートをしてもらいたいですね(笑)」

菊: 「山麓にあるレストランで食事をしたんですが、それがまた実においしいかった。後は、やっぱり植田正治写真美術館ですね。写真だけの美術館があるのも世界的に珍しいんじゃないでしょうか?地元の方にはこれからもぜひこの場所を大切にしてもらいたい」

― 別々のジャンルで活躍されるお三人ですが、先生を介して一つになっていらっしゃいます。ここまで心が通じ合うのは、何かほかに共通点がおありになるからなんでしょうか? ―

福: 共通点?う〜ん、特にないですね(笑)。ただ植田先生という写真家がいて、その周りに素晴らしい人が存在している。そこが先生のお人柄であり、すごいところなんですよ」



菊池武夫さん

― 今回地元では「オマージュ応援団」なども結成されています。ボランティア活動など、地域の盛り上がりをどう思われますか?また地元の人たちに何かメッセージはありますか? 

福: 「実は前回の写真展の際、「案内係がおらず道に迷った」などの意見が僕のラジオ番組にもたくさん寄せられました。でも今回は違う。誰か1人の力じゃなくみんなの力が結集されていて、地元のサポートを非常に強く感じています。だから花文字の話を聞いた時も本当にうれしかったですね。僕は地元民ではありません。でも今回の写真展のため頑張ってくれたオマージュ応援団、ボランティアのみなさんにはとても感謝しています。ホント、ありがとうございました(一礼)」

石: 「植田正治写真美術館の維持はいろいろ大変だと思います。でもグーフィ森さんの発案によりこんな大きなイベントも実現。私たちを含め、こうやってみんなで支えあっていることが素晴らしいんですよ」

菊: 「今回のオマージュ展には直接関係ありませんが、私自身、植田先生も愛した「鳥取砂丘」の存在も気になっています。自然な風景が少しずつ減っているようで、小さくなっている印象が・・・。人間の便利さだけを求めて、素晴らしかったものが無くなるのはとても残念なこと。そういう部分は大切にしてもらいたいですね」




― 砂丘のお話が出たのでお聞きします。みなさんにとって鳥取県はどんな存在ですか?

福: 「第二の故郷と呼びたい。そんな温かさを感じます」

菊: 「なかなか来ることはできませんが、確かに素晴らしい場所。福山君を見習って、もっと米子やこの植田正治写真美術館に足を運びたいですね」

石: 「ハタハタの一夜干しがウマイ!個人的にハタハタを送ってくれる知人がほしいですね()


― 今回の写真展で特に見て欲しい部分、また何か先生や作品にまつわるエピソード、思い入れはありますか? ― 

菊: 「30年代に写真世界を確立されていたこと自体がすごい。そこにはいろんな好奇心、そしていろんな欲求があったに違いない。とにかくバイタリティが溢れていたんでしょうね」

石: 「先生を中心に、みんなで1つの写真に関わるのは本当に楽しい経験でした」
福: 「“境港の正ちゃん”という親しみやすい一面と、“世界の植田正治”という偉大な一面。その両面を持ち合わせているのが植田先生の魅力なんです。そんな先生の才能を作品を通じ、肌で感じてもらいたいですね。年代を超え、どの作品も素晴らしいものばかり。作品を見ると一見静かに見えるんですが、その中には、すごい躍動感が溢れているんですよ。そういえば僕のジャケットの撮影で鳥取砂丘に行った時、先生は誰よりもはしゃぎ、走りまわっていましたね。とにかくエネルギッシュでした」

― 今、先生が空からみなさんを見ているとしたらどう思っているでしょうね? ―

福: 「先生はとてもシャイな人だったから、この質問で隠れちゃうかも?() 

石: 「植田先生なら、きっとこの雨の中、福山君を連れて写真撮りに行くって言うんじゃないかな(笑)」



記者会見
記者会見


― そういえば福山さんの発案で命名された小惑星「植田正治/UEDASHOJI 17748」に贈る歌として作曲されたものがオルゴール化されると聞いています。デザインは菊池先生がご担当されるそうで。何か作品のイメージはおありになりましたか? ―

福: 「1つの星になって、地球を見つめている先生をイメージして作りました」

菊: 「オルゴールの持つシンプルで、コンパクトな部分を大切にしたかった。その点で文字のバランスに特に注意して作ったかな」

― 発売は8月の中旬になるとのこと。今日はそのサンプルをお聞かせいただけるとか。 ―

(※ココで福山さんがオルゴールのサンプルを持ち、マイクの前でねじを巻いてその曲を披露。オルゴールの癒しの音色が奏でる美しいバラードに、さっきまで熱気に包まれていた会場がしばし静寂に包まれます)

― いい曲ですね。しかも福山さんと菊池さんのコラボなんて。今から発売が待ち遠しくなってしまいます。 ―

― 以上で質問は終了です。本日はお忙しい中ありがとうございました。 

三名共通: 「ありがとうございました(一礼)」



photo
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以上でインタビューは終了。
その後
3名によるフォトセッションへ。気さくにカメラへ向け優しい笑顔を向ける福山さん、菊池さん、石川さん。多忙なスケジュールのため、この3人が集まることはそうあることではありません。しかもココ山陰の山懐で・・・。それもこれも、“植田正治”という偉大な地元の誇りがもたらしてくれた奇跡。インタビューにもある通り、3人より出る言葉の節々からは、植田正治先生へ対する「HOMAGE」の気持ちがしっかりと伝わってきます。

実は今回のこの記者発表。急遽取り入れた特別なプログラムがありました。それは、地元ボランティアにより製作された「HOMAGE」という巨大な花文字に、今回のゲストでもある3名が献花をするというありがたい提案。さっきまでの雨も小降りになった外に舞台を移し、“尊敬”という花言葉を持つブルーサルビアの苗を、みなさんが気持ちを込めて植栽していきます。



shokusai
shokusai


そこに待ちかまえていたのが、先日この花文字の製作に携わった地元ボランティアの人たち。中学生からご年配の方まで約60名が招待され、周囲を見守るなか自分たちの作った花文字に献花。中には感動のあまり泣き出す人の姿も・・・。これとないサプライズなプレゼントとなりました。

そして3人を代表して福山さんが挨拶。「ありがとう」のメッセージを送り、無事すべてのプログラムが終了。会場を後にされました。

後は、本番を待つばかりとなった植田正治美術館。
そして「HOMAGE」・・・。
尊敬という気持ちを合言葉に、偉大な3人による思いが、また地元の盛り上がりが、きっとこのイベントの成功を呼び込むに違いありません。



ブルーサルビアの苗

たくさんの人の思いが詰まったこの展覧会。

ぜひみなさんも足を運んでみてください。

HOMAGE」の思いを込めて・・・





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