赤松の池

赤松の池に語り継がれる悲劇のミステリー
祠に祀られる、お初の正体とは・・・

はかない伝説が語り継がれる名所。
その伝説とは、
「昔、松江の殿様に仕える松浦瀬母という家老が子供欲しさに、霊験あらたかな赤松池大明神へお参りしたところ、待望の女の子が誕生、その女の子をお初と名づけました。美しく育ったお初を藩主が見初め、妻にと望んだが、お初は赤松の池へ。実は、お初が赤松の池にすむ大蛇だったのです」
という悲しいお話。

赤松の池の半島には祠があって、御神体としてお初の像が奉られており、日吉神社では同じ日に例祭も行われています。

■民話


むかし、松江のお殿様のところに松浦瀬母という家老がおり、日頃から子供が欲しいと願っていました。そこで、霊験あらたかな赤松池大明神にお参りしたところ、めでたく女の子が生まれ、お初と名づけました。
時がたち、お初はあたりでも評判のとても美しい娘に育ちました。
ある時、お初は藩主松平候の目にとまり、「ぜひ妻に」と申し出を受けました。
藩主の願いは断れないので、両親はお初をお城へ上げることにしました。
これを知ったお初はとても悲しみましたが、「お城へ召される前に、私が生まれるように祈っていただいた赤松池大明神へお参りさせてください。」と両親に願い出ました。
赤松池参りの日は朝から晴れわたり、池は青々とした清らかな水を満面にたたえていました。
池のほとりで、乳母が「お嬢さま、この池の水を髪につければ美しい髪になりますよ。」と言うので、お初がいわれるままに髪をすいたところ、ひとくしすくごとにだんだんと髪が長くなり、みるみるうちに水面をはうほどになりました。
やがて、お初は岸を離れてするすると水面を歩き出し、とうとう池の中心まで行きついてしまいました。すると突然、大渦巻が起こり、お初の姿はあっという間に水中に沈んでしまいました。
これに驚いたお侍や乳母が「お初さま、もう一度その姿を見せてください。そうでないと、帰ってお殿様に申す言葉がございません。」と祈ったところ、再び大渦巻が起こり水中からお初が姿を現しました。しかし、その姿は腰から下は蛇となっていました。
そして、「私は、この池にすむ大蛇です。頼母があまりにも強く願うので、しばらくの間お初に姿を変え、人の世に身をおいていましたが、今もとの姿に変わる時がきました。長い間育てていただきありがとうございました。これから先、私に祈りをささげる人には、かならず幸福を与えましょう。」といい残し、水中深く沈むと2度とその姿を現すことはなかったのです。
それより後、松江市北堀町にある松浦家では、お初が蛇にもどった旧暦6月18日に大広間に8枚の屏風を立てたらいに水を入れておくと、お初が訪れた証として、たらいの中に多くの砂が沈んでいたと伝えられています。


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