日野川ミステリー 川沿いの集落に残る数々の河童伝説
2006年、鳥取・皆生温泉で第19回の「河童サミット」が開催されるなど地元でも密かに注目を集める「河童」ストーリー。 実はココ日野川流域にも、光明寺の河童、弘法が淵の河童、黒板のどろぼう河童など各地で様々な「河童伝説」が残され、日南町では「日野川源流かっぱまつり」も実施。町の逸話としてもすっかり定着しているのです。
その伝説の一部を紹介すると、
◎楽々福神社(ささふくじんじゃ・伯耆町) 大寺(伯耆町)のお百姓さんが、鍬の先で河童の手を釣り上げてしまった。毎晩「手を返せ」といううるさい声についに我慢しきれず、楽々福神社に河童の手を奉納した伝説が語り継がれている。
◎楽々福神社(ささふくじんじゃ・日南町) コチラの楽々福神社にも河童伝説が・・・。ある日、各地の神社の総代を集めた宴会を催すこととなり、楽々福神社の神様が日野川の代表として河童の親分「かっぱ九千坊」を招待。しかし親分は出されたタケノコ料理に大苦戦。大恥をかいた親分は家来たちに今後人間に悪さをしないよう命じたそうです。
◎弘法が淵(こうぼうがふち・江府町) 国道181号沿いの右岸。両岸に山が迫り、切り立った岩にあるカワコ淵には、人間に悪さをする河童が住み、地元民を困らせていたそう。そこに通りかかった弘法大師が岩に念仏を書き、河童の力を奪い淵から追い出したとか。それからその淵は「弘法が淵」と呼ばれるようになったそうです。
◎光明寺(こうみょうじ・日野町) 荘厳な雰囲気に包まれた光明寺近くのカワコ淵に、その昔いたずら者の河童がいた。お寺の和尚さんは、その河童に二度と悪さをしないよう説教し、大岩に河童の像を刻んで神通力を奪ったところ、その河童は、像を消そうと必死に。しかしその思いも叶わず、結局のこところ逃げていったそうです。
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